高徳院には、タイ王室の歴代王族によって植えられた三本の記念松があります。

(1本目の松) 1931年4月9日、ラマ7世の訪問を記念して植樹されました。

(2本目の松) 1902年12月27日、当時皇太子だった後のラーマ6世によって植えられました。
2009年に虫害で枯死し、2010年7月3日、ラーマ9世の勅命によりウィーラサック・フートラクーン
駐日大使が代替木を植樹しました。

(3本目の松) 1987年9月25日、ワシラーロンコーン皇太子(現ラマ10世)の来院時に植樹されました。



■ ラマ5世の改革は「土地と人の支配」を国に取り戻すものだった

「王が国の名義上の所有者」であり貴族や地方豪族が人と土地を実質的に支配していた。

ラマ5世は、それを中央官僚制度によって王権の下に再編し直した。

これにより、「人(農民や兵士)も土地も、国=王のもの」という思想が強化され、貴族階級の地盤が崩れていく。

ラマ4世の時代には、貴族勢力に実権を奪われることもあった。

特に「ブンナーク家」のような超大物貴族は、事実上の宰相・摂政として王を凌ぐ影響力を持っていた。
ラマ5世はこうした「下克上」の構造を是正し、王権を再強化するために中央集権化を進めた。

タイの王室と貴族の関係は、日本の皇室と官僚の関係と似て非なるものである。

重要な違い
■日本:象徴化により「皇室の政治的影響を最小化」
・天皇の政治的中立性を担保し、万一のときも「国家の精神的支柱」として残せる形に。
・実権を手放すことで、逆に長期的な制度の安定を得た。

■ タイ:王権を「実務と精神の両面で強化」
・ラマ5世は象徴ではなく、実務を取り仕切る「実務国王」。
・しかしその後、1932年の立憲革命で王権が制限され、議会制・憲法制へと移行。
・現代では「立憲君主制」だが、今なおタイ王室は精神的影響力が非常に強い。